新潟簡易裁判所 昭和26年(ハ)101号 判決
原告 加藤藤吉
被告 中山正策
一、主 文
被告は原告に対し新潟市二葉町一丁目五千百十四番地の二十二所在木造瓦葺平家一棟二戸の内左側の一戸十六坪を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として原告は被告に対し主文掲記の自己所有の家屋を昭和十七年以来被告に賃貸していたが、該家屋は非常に腐朽し居住に危険の虞れあるため、修繕の必要を生じ、昭和二十四年十一月中その旨被告に通告し修理中一時明渡を要求した。
然るに原告が該家屋修理に必要な準備一切を了したに拘らず、被告は右明渡の要求に応じなかつたので当庁に借家調停を申立てたところ、移転先がないとの理由で調停不調に終つた。よつて原告は昭和二十五年七月被告の勤務する会社所有の家屋を借受け本件家屋の修理完成まで、これに移転し、完了後は希望により賃貸する旨交渉したが是亦応じないため当庁に一時明渡請求の和解を申立てた、しかし遂にこの和解も成立するに至らなかつた。
その後本件家屋は修繕の必要を生じてから一年半を経て腐朽の程度益々甚しく早急修理保存行為をなす必要あるので被告に対し本件家屋の明渡を求めるため本訴請求に及んだと陳べ、右主張に反する被告の抗弁事実を否認した。<立証省略>
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として本件家屋が原告の所有で従来からこれを賃借していること、原告から昭和二十五年七月転居先を提供され、この賃借家屋を一時的に明渡の要求があつたこと、原告主張の借家調停と和解の申立があつた事実は認めるが、本件家屋が腐朽してこれが保存のためには大修繕を要する旨の原告主張を争う。と述べ、抗弁として原告は本件家屋が著しく腐朽していると謂うが被告を立退かせてする程の程度ではない、修理の要あらば本件家屋の右側に原告所有の同じ棟の空屋があるから先ずそれを修繕して後被告をこれに移らせて修理することが可能である。原告が被告の一時転居先として被告勤務会社の寮一室を提供しようとしたが、それは最長期一カ月で且つそこは外側の戸の設備あるのみで住宅とは謂い得ないからこれに転居を拒んだのである。由来原告は本件家屋を他に売却する方針である、それは右側一戸に買手がついたが、買手は左側一戸即ち本件家屋と一緒でなければ買わないと言つた事実からその方針であることがわかる。原告は二人家族で二階建の五、六室の家に住居しているから一時その二階の借入方を申込んだが拒まれた、よし原告が修繕完成して後日被告に賃貸を許しても薄給の身に及ばない高額の家賃になつたら結局無償で立退かねばならぬ結果となる、よつて原告主張のような修繕を理由とする立退請求には正当事由がないから失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
請求の趣旨表示の本件家屋が原告の所有で被告はこれを昭和十七年以来期限の定なく原告から賃借し、現住していること、原告は該家屋腐朽に因る修繕を要することの事由で昭和二十四年十一月被告に一時立退を求めたこと、この要求が容れられなかつたため原告は昭和二十五年七月当庁へ右事由で借家調停の申立をしたこと、この調停に際しては原告は該家屋の修繕完成まで一時被告の転居先として新潟臨港会社の職員宿舎を提供したが其処は居住に不適当なことと家族に病人があつたこととの理由で原告の立退請求を拒んだので不調に終つたこと、原告は更にその後右同一理由で当庁へ和解の申立をしたがこれも不成立に帰したこと、以上の事実については被告の認めて争わないところである。
被告は本件賃借家屋は未だ腐朽しては居ない、よし修繕を要するとしても賃借人である被告を立退かせてまで大改修を施さなければならぬほど損傷してはいないからその請求には応じられないと争うから、先づ本件家屋の損傷の程度について判断する。検証並びに鑑定の結果と原告本人訊問の結果に徴すれば、本件家屋は建設後約三十年を経過した木造瓦葺二戸建一棟(被告賃借部分は道路面左側一戸右側一戸は空家)で砂地の基盤の上に建てられ、その敷地は基礎地盤面より低いため湿気を呼び、そのため土台廻り基底から約三尺の高さに及んで腐蝕し、左右二戸建仕切を中心に両端に向つて目撃し得る傾斜を生じ、最早や雨戸の開閉も不可能な状態に在る、而してこの腐蝕と損傷は自然の作用であることが明瞭である、仍て一見大改修を加えなければ何時崩壊を来すかも量り知れない危険な状態に措かれていることが窺える。それ故被告の主張のように単に応急修理で保存できるとの見解を採ることは到底出来ない、寧ろ既に使用に堪え得る限界に達していると観ざるを得ない。
そこで被告の主張するところは仮に修繕のために立退かなければならなかつたとしても、原告は被告の将来の居住に対する保障がなければならないのにこれをしない、例えば本件家屋の二戸住の内右側一戸は空家であるからこれを先に修理して被告の立退先とするか、原告の住宅の一部を提供すべきであるのにこの可能な被告の要求に応じないで原告は居住に堪えない不適当な転居先を強い、しかも一、二カ月の短期限を附せられたのであるから病人を抱えた被告の応じ得られる限りでない、仍て本件請求原因は正当性を欠き、権利を濫用するものであると謂うに在るから審按するに昭和二十四年十一月以降当庁に於ける前記和解申立事件が不成立に至るまで、原告は終始本件家屋の修繕完成後は再び被告の賃借に応ずことを条件とし、一時被告に退去を求めて来たものであることは被告において争わない事実であるところ、原告は昭和二十五年七月の借家調停において右条件に加えて修繕完成までの被告の転居先として、被告の勤務会社である新潟臨港の宿舎を借受け、これを現実に提供した事実についても争なく、更にその後の前記和解申立において、原告は被告の立退期間を一カ月間位と予定し改修竣成後若し原告が違約して、被告にこれが賃貸を拒んだときは、賠償として金三十五万円を被告に提供する旨の条件を受諾したが被告はこれにも応じなかつた事実も亦原告本人訊問の結果に徴して明かである。されば原告は被告の立退について一応将来の保障を立てたことが認め得られる。
被告は原告の右移転先の提供に対し、不満足な提供で、本件家屋の二戸住の内右側一戸は空家であるからこれを改修して先づ被告を転居せしむべきであると主張するが、検証と鑑定の結果本件家屋はもともと構造上一棟建二戸住の建築で一戸のみ分離して改修することは技術的困難と経済上多大の冗費を伴うこと明かであるし、その余の前記被告の主張も首肯するに足りない。
思うに原告の本件請求は、一般家屋の所有者が賃貸家屋を自己の都合で修繕するため、賃借人に退去を求める場合と全く相違し、先に認定したように賃貸家屋が自然の損傷によつて、客観的に利用し得る限界に達していることを基本事由とするものであるから、本件家屋の現状が果して叙上認定の通りであるとすれば、当事者双方は借家法の規定に拘束されることなく、本件賃貸借について相互に解除権を行使する正当権限が与えられているものと解する。なぜなら一般に居宅としての建物が損壊に瀕する場合においてその占有者は少くとも居住の安全性を恢復するまで占有から放れることを不可欠の要諦とされるからで、もしこれをも無視するならもはや社会共同生活の安全は期せられないと言うべきであろうからである。
仍て原告が右解除権に基いて本件訴状で被告に対して為した本件家屋賃貸借契約を解除する意思表示は有効であるといわねばならない。而して本件訴状は記録上昭和二十六年六月十三日被告に送達されたことが明かであるから爾後被告は権原なく本件家屋を占拠するものであるから、これを原告に明渡さなければならない義務がある。
よつて原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 勝田重直)